南禅寺豆腐屋 服部の人々

人生を変えた豆腐との出会い、服部との出会い。

小山亮平
担当部門:豆腐製造
入社日:2011年入社
豆腐作りを求めて、単身京都へ。

私は出身が関東なんですが、地元の豆腐屋で働いていたときに、その製造に興味を持ったのが今の仕事をするきっかけです。当時は主に販売に携わっていましたが徐々に「豆腐を作ってみたい」という想いが強くなり、インターネットで全国の豆腐屋を探し、服部のことを知りました。
入社後は会社近くの寮で住み込みをしながら、揚げの包装作業や製造、ひろうすの製造を担当。揚げ場で3年が過ぎようとしていた頃「豆腐も作ってみないか」と声をかけてもらい、以降は揚げ場と豆腐の工場を兼任しました。入社してすぐは、豆腐が作りたくて京都まで来たのに、という思いがありましたが、揚げ場での時間がなければ会社全体の動きを知ることはできませんでした。材料の大豆がどういう工程を経て豆乳、豆腐、揚げへと姿を変えていくのかをしっかりと見ることができ、今思うと有り難いことばかりです。

過ごす時間が長くなるにつれ、伝統と責任に誇りを感じる。

竹島拓実
担当部門:豆腐製造
入社日:2014年入社
右も左もわからなかった入社当初。少しずつ出来ることを増やして今がある。

午後から自分の時間を持ちたかったこともあり、入社当時は早朝から働けるところがあって良かったという感覚でした。最初のうちは、今日は配送作業、明日は豆腐の工場という具合で、その日のシフトによって、2つの職場を行き来しながら仕事を覚えていきました。3ヶ月ほど経つと先輩から「本格的に工場のほうも覚えてみるか」と声をかけてもらいました。
豆腐は、豆乳・木綿豆腐・絹ごし豆腐などの種類があり、出来上がりまでに多くの工程を経るため、当社では1ヶ月から2ヶ月ほどかけてひとつの作業を覚え、しっかり身についたら次の作業に移るという手順で仕事を教えていきます。私もその流れに沿って仕事の幅を着実に広げていきました。社員の中で私がいちばん若かったせいもあるかもしれませんが、工場配属になったときは上司・先輩から本当に様々な仕事を教わりました。やることが変わるたび目の前のことをこなすだけで精一杯でしたが、なんとか食らいついていったおかげで、今は余裕を持って仕事を楽しめています。
豆腐工場の仕事は13時頃には終了。私はその後、先輩と一緒にご飯に行ったり、また休みが一緒になった時なども夜お酒を飲みに行ったり、そういうお付き合いを気兼ねなくさせてもらっています。円滑に仕事を進めるために意識的にそうしているわけではないのですが、私たちのような製造業は時間に追われることも多く、仕事に慣れることはできても、一緒に働く仲間のことを知る時間はさほどありません。せっかくなら長い時間を一緒に過ごす人と仲良くなりたい、そんな気持ちから、仕事を離れたところで、ゆっくり話をする時間を持つようにしています。

苦労があるから続けられる、難しさがあるから追求できる。

多田里美
担当部門:揚げ製造
入社日:2003年入社
働く時間帯によって、作業内容が異なる揚げの製造現場。

前職からの転職を考えていたとき、偶然服部の求人を見つけました。早朝からの勤務ということもあり、当初は別の仕事が見つかるまでのつなぎ程度に考えていましたが、人間関係の良さ、また働きやすさもあって、現在は揚げ場と呼ばれる揚げの製造工程で、社員として働いています。
揚げ場は、アルバイトは5時、そして社員は2時半の出勤、そしてもうひとつ9時からの出勤パターンがあります。出勤時間によって作業内容が異なり、いちばん早く出勤する社員は揚げの製造、そして5時出勤のアルバイトは出来あがった揚げの包装、9時出勤のメンバーは商品の仕分けや掃除など、後片付けがメインの仕事です。揚げは熱を持っているので、出来上がったものをすぐに包装できません。しっかり冷めてから次の作業に移るので、当社では意図的に出勤時間をずらしています。ただ、どの作業においても揚げ場は「暑さ」がひとつの懸念です。これは飲食業や食品の製造工場など、火や油を使用する仕事では共通の苦労だと思います。その一方で、豆腐の製造と比べて水を使わない分、重いものを持ち上げることが少なく、私のような女性でも無理なく携わっていただけます。